遊びと仕事が地続きな暮らし
諏訪湖を源に、天竜の山々を抜け、213kmの距離を旅し太平洋に注ぐ天竜川。河口には砂州が伸び、四駆車に乗って釣りや投網を楽しむ人たちの姿を見ることができます。串揚げとお食事の店「あまた屋」の大将、小島規夫さんも天竜川の河口で投網を楽しむひとり。釣果は刺身やフライなどにしてお店で提供することもあるそう。今回は大将にお願いして、投網漁に同行させてもらいました。
天竜川の恵みを受け取る
取材当日は朝から快晴、風もなし。新型コロナウイルスの影響で休校中の息子さんも、お手伝い兼カメラマンとして乗船します。軽快なエンジンの音が河川敷に気持ち良く響き、いざ出航。
遠州大橋の下をくぐって河口へ。
いつもと同じ場所なのに、水面近くから見る景色は新鮮で特別な場所に来たいみたい
投網を始める前に、先に漁をしている船から漁業許可の旗を受け取ります。小島さんは天竜川漁業組合に所属していて、漁をするにはこの旗が必要になります。船を見つけ、旗を受け取り、しばし談笑。魚の具合を尋ねたら、「今日は全然とれんに」との言葉に不安になる一同。それでも気を取り直し、ポイントへ向かいます。
小島さんが投網を始めたのは25歳の頃。当時は磯で打っていたけれど、10年ほど前に船を手に入れ、天竜川の河口でするように。見よう見まねで覚えるうちに25年ほどがたったけれど、年配の人に言わせたら、まだまだちょんびぃ(落ち着きがなく、へたくそ)とのこと。そんな話をしていたらポイントに到着。天竜川河口で漁ができるのは、4、5月と8、9月だけと意外と短いことにびっくり。セイゴやクロダイ、ヒラメ、コチ、ボラなどがとれるそう。
ゆれる船の上に立ち、体をゆらしてタイミングよく網を投げます。この辺りで水深は5mほど。川底まで網が沈んでいくのを静かに待って、ゆっくり網を引き上げます。何回か投げても魚はとれず、先ほどのおじいさんの言葉が頭をよぎり、不安な表情を浮かべる一同。「場所を変えてみようか」と小島さんが言い、もう少し海に近い場所へ移動することに。
川面から遠くにアクトタワーが見える
気を取り直して、投網を再開。水に濡れてキラキラと輝く網が広がっていく様子がきれい。「今のはいい感じ」と、スマホで撮影する息子さん。何回も一緒に乗船しているので、網が開く瞬間を抑えた迫力満点の写真が見事。そんな息子さんの写真はお店のInstagram (click) で見られます。網に魚が入ると、手に振動が伝わってくるんだよねと小島さん。網をゆっくりと引き上げると、魚の影が! 体長50cmほどのセイゴ2匹と、ボラ1匹が元気に暴れ、色めき立つ船上。
ハンマーを取り出して、魚の頭を打ち、すぐさまエラに包丁を差し込み、中骨を切断。次に尾を切り血を抜いたら、細長い管を差し込み、慣れた手つきで神経を抜きます。生け締めすることで鮮度が保たれ、グッとおいしいお刺身に。氷の入ったクーラーボックスに入れ、次はうなぎの仕掛けを見に行きます。
細長いものを巣にするうなぎの習性を利用して、輪切りにした竹やパイプなどを2,3本束ねて沈めておきます。目印の浮きに到着。仕掛けのひもをゆっくりとたぐり寄せ、片方にたも網を当て、筒を傾けます。残念ながらうなぎの姿はなし…。次の仕掛けも同じようにすると、大きなうなぎがつるんと網の中に! 全部で2匹。太くて立派な天然うなぎがとれて、小島さんも、息子さんもご満悦。
うなぎが逃げないように、ゆっくり、水平に引き上げる
息子さんもお手伝い
その後、投網を再開するも風が出てきたので無理をせず、本日の漁は終了。天竜川の恵みを受け取って、気分良くお店に戻ります。
遊ぶことで地元の魅力を知る
あまた屋で出されるお刺身は、浜松市中央卸売市場などで仕入れてくることが多いけれど、今日のように投網でとった魚を使うこともあるそう。
調理する大将と話が弾むカウンター席
新鮮な地元の食材などを使った定食が人気
「投網で魚をつかまえたときの充実感もさることながら、お客さんが魚を食べて、うまいうまいと喜んでもらえるのがなによりもうれしいよね。今はお店が忙しくて、なかなか投網に行けないのが残念」と話す小島さん。とは言え、投網は仕事というよりも、長く続けているサーフィンと同じように「完全に遊び」だと言い切ります。
「生まれは中区の海老塚だから、南区のこの環境はとても贅沢だと思うよ。店から船着き場まで車で5分だもん。サーフィンや投網のように、自然の中で遊ぶのが好きなんだよね。投網する人も高齢化して、俺でも最年少グループ(笑)。年配の人が多いから礼儀は厳しいし、大変なことだってある。それでも、人生経験豊かな人たちや、遊びの中で知り合った人たちと過ごす時間は人生の楽しみだし、学ぶことも多いよ。だから、働く姿も大事だけど、自分が遊ぶ姿もちゃんと子どもに見せたいんだよね」
地域を大切にとか、魅力向上とか、口ばっかり達者になって、意外とその地域を遊び尽くしていないなと、ハッとする自分がいました。地元で働き、地元で遊ぶ。地域と関わりながらひたむきに生きる父親の姿は、「この町って案外、面白い場所なんだぜ」と子どもたち伝えているようです。そんな大人と触れあうたびに、子どもたちもこの町が好きになっていくんだと思います。
この6月でお店は1周年を迎えました。地元の人からも愛され、3世代で食事に来るお客さんも多い。お店の周りには畑があって、農作業をするおばあちゃんが、お客さんに食べさせてやって、と野菜を持ってくることもあるそう。「気持ちがうれしくて、泣けてくるらー」と照れ笑いする小島さん。おいしい食事と大将を目当てに、今日もお客さんが「あまた屋」を訪れます。
あまた屋
浜松市南区富屋町182
053-426-6507
時間:11:00~14:00(13:30ラストオーダー)、17:30~22:00(21:30ラストオーダー)
定休日:水曜、第3木曜
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