好きな景色を守るために、小さな声をあげつづける(後編)


観光らしくない観光を目指して

地元住民に意見がない理由のひとつとして、中田島砂丘はお金を生み出さない場所だからと松下さんは考えます。漁港があるわけではないし、中田島砂丘で商売をしている人がいないから、防潮堤ができても生活に困る人がいない。中田島砂丘は経済に根ざした場所ではなかったのです。

「だからね、中田島砂丘観光協会をつくることにしたんだよね。だって、お金もうけしてしょうでしょ」と、子どもがいたずらを思いついたような顔で話す。名前から立派な組織をイメージしますが、メンバーは松下さんただひとり。「ビジネスをして、お金を稼ぎたいというよりも、中田島砂丘で活動することで存在感を高めたいし、地元住民の小さな声を伝える場としても機能したらいいなと考えています。今後、行政が意志決定する際に、声(意見)を聞いてもらえる存在になりたいんだよね」

さらに、観光というものをもう一度、考え直してみたかったのも理由だと言います。松下さんが例としてあげたのが京都市。日本人も外国人も多く訪れるようになった反面、慢性的な渋滞など、日常生活に影響が出るようになりました。まともに生活できないから隣の市に引っ越す人もでてきたそう。人口が減ると、住民税が減る。しかし観光客は来るので、行政はインフラや設備の投資を続けなくてはいけません。「住民も、行政もハッピーじゃないよね。京都市の例は極端かもしれないけれど、観光は何なのか考えるきっかけを与えてくれました」

インスタ映えや絶景など、きれいな景色で誘客する手法にも疑問を持つ松下さん。SNSで話題になった場所を訪れ、SNSと同じ写真を撮って帰る。うがった言い方かもしれませんが、写真を撮ることが目的で、まるでスタンプラリーのようにも見えます。松下さんが目指すのは、観光地としての中田島砂丘ではなく、自分の場所としての中田島砂丘。砂が熱かったとか、風に飛んだ砂が痛かったとか、海の水が冷たかったとか、そんな感覚の一つひとつが中田島砂丘を好きになるきっかけになるのではないかと考えます。

訪れた人の数だけ足跡が残る

中田島砂丘には貴重な植物や昆虫も生息。それらを学ぶ場としても活用したいと考えている

 

「いろいろと言っているけど、自分の大切な場所を、みんなにも見てもらいたい。ただそれだけなんだよね」と照れ笑いする松下さん。「浜松に住む友だちが、なかなか中田島砂丘に行けなくてごめんねって言うんだけど、用事がないから当然だと思うよ。地元の人たちですら、あまり行かないのに(笑)。でも、彼らの友だちが浜松に来たとき、一番に連れて行こうと思える場所にしたいし、そう思う人が増えてほしいと思っている。そういう人たちって、中田島砂丘がピンチになったとき、きっと行動してくれるはずだから」

4月になると浜松まつりに備え、凧揚げの練習をする市民
初デートは中田島砂丘だったというカップルも少なくないとか

 

生活や経済から切り離された中田島砂丘は、浜松市民から忘れ去られた場所になろうとしています。防潮堤が完成し、砂丘が荒れてしまうことで、さらにそれは加速してしまうかもしれません。「でもね、僕はこの場所が好きなんです。いいカタチで未来の浜松市民につなげられるといいんですけど…」。市民の知らない間に中田島砂丘の真ん中にできてしまった防潮堤は防潮堤として、もう一度市民の中田島砂丘への関心を取り戻すために、松下さんは今日も活動を続けています。

「防潮堤の唯一認められること、それは海から山が見えるようになったことかな」と皮肉っぽく言いながらカメラを取り出す松下さん

 

松下克己(砂おじさん)
中田島砂丘観光協会代表。いつも砂丘にいるイメージだが、実は中山間地の棚田でお米を作ったり、天竜の山で天竜材を語ったりもしている。遠州LOVEなのである。本業はデザインプロダクション・キーウエストクリエイティブに所属。浜松市を中心に行政、民間企業のコミュニケーションを扱う。地域を暮らしの観点から再認識する自社メディア「えんらくプロジェクト」に編集長でもある。
中田島砂丘観光協会
えんらく